#1[はじまり]




ジリリリリリリリ

 酷く癇に障る音がする。
「あぁー、五月蝿いな!」
 俺は力任せに騒音を吐き出すガラクタをぶったたいた。
 俺の部屋が静寂を取り戻す。
 そしてもう一度心地よい睡眠に落ちようとした瞬間。
「もう!! お兄ちゃん早く起きないとまた遅刻するよっっ!!」
 そんな怒鳴り声に俺は無理やり覚醒させられた。

 うっすらと眼を開けるとそこに立っているのは妹の麻奈だった。
「あぁ…? 麻奈か。俺の睡眠を邪魔するな!」
 そう言って俺は布団を頭までかぶる。
「もう8時だよ!!」
「しるか!!」
 妹の忠告などに耳を貸してる余裕なんぞない。
 俺は……眠いだ!!
 頑なに動かない俺。麻奈はそんな俺に声をかけることは諦めたようだ。
 しかし、時間が経っても麻奈は部屋から出て行く様子はない。

「お兄ちゃん?」
 麻奈が俺に話しかけてくる。
「寝ちゃったの…?」
 俺は答えない。眠気の余りしゃべる事も億劫だった。
 だんだん意識が遠くなって、眠りに落ちていくのが分かる。
 そして意識が途切れる瞬間、布団越しに何かが俺の上に覆いかぶさってきた。
 柔らかい、そう思った。
 適度の重さが心地よく、鼻には良い香りが漂う。
 なんだかとても心が落ち着く匂い。
「お兄ちゃん…私……」
 そんな声が聞こえた瞬間、俺の意識は完全に夢の中に埋没した。

「うぅ……ん」
 俺は眠い頭を抱えながら体を起こした。
「朝か……」
 ん、と間延びをしながら枕元においてある時計に表示された時間を見る。
 デジタル時計は9:35という数字を表示している。
「9時半か」
 しばしそのまま呆っとする。
「って、ええええ!?」
 なんと言う事だ。寝坊も寝坊、大寝坊じゃないか!
 確かに俺は寝坊が多いけど、まさかここまでとは予想外だった。
「ちくしょー、麻奈の奴起こしてくれたっていいじゃないか」
 そんな文句を呟きながら急いで制服に着替える。

 俺の両親は仕事の関係で今は海外に行っている。
 再来月頃には帰ってくるらしいけど、それまではこの家には俺と妹の麻奈しかいない。
 そんな訳で俺は今両親の支配から逃れてだらけ切った生活を送っているわけだ。
 鞄を持って急いで家を出る。
 走れば学校まで15分。俺は必死に学校まで走り出した。
 好調な滑り出し。今朝はなんだか体の調子が良いみたいだ。
 陸上部にスカウトされてもおかしくないくらいのスピードで俺は走る。
 そして曲がり角にさしかかったとき、俺は隣の道から走ってきた何者かと衝突した。

「ちょっと!! 何すんのよあんた!!」
 俺はぶつかった衝撃でふら付きながらその何者かを睨んだ。
 ぶつかった相手は女子高生だ。制服から察するに俺と同じ学校らしい。
「なんだと! お前からぶつかって来たんだろ!!」
「あんたの眼はどこについてるのよ! そっちが走ってとびだ…ああああああああああああああ!!!!」
「な、なんだよ」
 俺は突然叫び声を上げた女子にたじろぎながら言った。
「私の…私のパンが……」
 女子は俯きながら絶望した表情をする。その視線の先を見ると、食べかけの食パンが地面に落ちていた。
「あんた、絶対に許さないから」
 これ以上無いというくらい恨みのこもった視線を俺に送ると、見知らぬ女子はそのまま走り去っていった。

 色々あったが、やっとの事で学校にたどり着いた。
 力なく教室のトビラを開く。
 不幸中の幸いと言うのだろうか、今は授業が終わった後の休み時間だ。
「おいおい今日はいつにもまして重役出勤だな」
 教室に入るなり見知った男子が声をかけてきた。
「余計なお世話だ。あっち行けよ智也」
「おぉ、怖い怖い」
 そう言うと智也は笑いながら自分の席に戻っていった。実に不愉快な奴だ。
 俺も自分の席に座ると、周りの奴等がなんだかザワザワと騒がしい事に気が付いた。
 何か、あったんだろうか?
「高橋君」
 突然名前を呼ばれ、とっさに振り向く。そこにいたのは学級委員の久野だった。

「高橋君また遅刻? 今学期、もうこれで20回目だよ」
「あぁごめん。次から気をつけるから」
「前もそんな事言ってたよ! まったく高橋君だけですよ? 学年でこんなに遅刻してるの」
 久野は不満たっぷりといった表情だ。
「それにですね、学校と言うものはれっきとした…」
 やばい、俺はそう直感した。何せ久野のときたらそこらの生活指導よりも厳しい生徒として有名なのだ。
 趣味は説教ときてる。しかもこいつの説教はまるで俺の人生を全て否定してくるような気がしてとても滅入る。

「そ、そういえば今日なんか騒がしいけど一体どうしたの?」
 俺はとっさに説教から逃れるべく話題を変えた。
「あ。えー、今日はですね」
 久野が喋り始めたその瞬間。
「一同キリーツ」
 担任の教師が教室に入ってきた。

 生徒が全員起立しれいを済ませると、先生が口を開いた。
「あー、みんな今朝も言ったと思うが今日は転校生が来る。
初日から遅刻してくるような大それた奴だがみんな仲良くしてやってくれ」
 先生のセリフを聞くとクラス中が騒ぎ出した。
 しかし俺は喜べない、なんだか嫌な予感がする……
「せんせー! 転校生は女子ですか? 男子ですか?」
 クラスのお調子者の男子がそんな質問を投げかける。
「女子だ」
 その言葉に男子達は動物園の猿のように騒ぎ出した。
「それじゃあ入ってくれ」
 先生がそう言うと、廊下から一人の女子が入ってきた。

 不安は的中した。教室に入ってきた女子は紛れも無く今朝の女子高生だ。
「それじゃあ自己紹介をしてくれ」
「上原里美って言います。前の学校ではテニス部に」
 長々と自己紹介をする上原という転校生。
 俺はばれないように顔を伏せる。しかし、一瞬俺は奴と眼があってしまった。
「あんた……」
 おぞましい視線を向けながら、女とは思えない低い声で呟く上原。
 俺の背筋は凍りついた。
「どうした上原? 知り合いか?」
「え? あ、何でもないです。あはははは」
 先生問いかけにの笑いながら答える。しかし奴の眼には確かに殺意がこもっていた……

 キーンコーンカーンコーン

 4時間目終了のチャイムが後者に響き渡る。
 やっと昼休みだ。しかし俺はまるで生きた心地がしない。
 今までの授業なんて全く頭に入らない。それどころじゃなかった。

 上原の席はこともあろうに俺の隣だったのだ。
 とにかく常時奴から発せられる殺気に気付かぬフリをしているだけで俺の集中力はほぼ全て消費される。
 これから席替えまでこの地獄が続くと思うと気が変になりそうだ。
「ねぇアンタ」
 そんな恐怖におびえている俺をあざ笑うかのように上原は俺に話しかけてきた。
「何だよ」
「私この学校の購買が何処にあるかわからないから、アンタちょっと買ってきてよ」
「は?」
 流石に俺は自分の耳を疑った。

「お前何様のつもりだよ!!」
 身を乗り出して抗議する俺。
「まだ右も左も分からない転校生にそれくらいするのは当たりまえでしょ!」
「んなわけあるか!!!」
「あるわよっ!!」
 睨み合う俺と上原。獣みたいに睨みつけてくる。恐ろしい。
 しかし俺とてこんな奴になめられる訳にはいかない。

 そんな俺たち二人にクラスの集中が集まり静まり返る。
「転校初日に喧嘩なんて、こりゃまた元気のあるのが増えたもんだ」
 その静寂を破ったのは一人の女子、翔子だった。

 滝川翔子、コイツも要注意人物だ。
 理由は分からないがしょっちゅう俺にちょっかいを出してくる。
 それに腹を立ててこちらが反撃をすると、逆切れをして更に3倍の攻撃をしてくる。
 翔子は運動推薦でウチの高校に入ってきた奴で、短距離の実力は全国レベルだとか何とか。
 そんな奴に蹴られたら、いくらこっちが男でむこうが女とはいってもひとたまりも無い。
 じじつアイツに病院送りにされそうになったことが何度あることか。

「上原さん、高橋が気に入らないのはよく分かるけど勘弁してあげてくれないかな。
こいつ馬鹿だから相手するだけむだだよ」
「あら、邪魔をしないで欲しいわね。これは私とその高橋って人との問題よ。部外者は黙ってて」
 上原の言葉に翔子の表情が変わった。
「あんた、人の忠告は真面目に聞くものだとおもうけど?」
 なんだかややこしくなった自体に俺はただ呆然とするしかなかった。

「えぇ、分かったからあなたはとっと失せて下さる?」
「あんた本当に面白いねぇ。面白すぎてぶん殴ってやりたいよ」
「奇遇ですね、私もそう思ったわ。お互い気が合いそうね」
「そうだな」
「ふふ」
「はは」
「ちょ、お前等やめろって」
 このままでは戦争がおきかねないと、気が付けば何故か俺が仲裁に入っていた。
「アンタは黙ってて!!!」
 鼓膜が破れる勢いで怒鳴られて、俺にはもうどうしようもないと悟った。
 逃げよう、何処か静かな場所へ……

 俺は結局2人の喧嘩騒動から逃れるために図書室に行くことにした。
 ガラガラと図書室の戸を開く。
 図書室には当たり前だが本を読んでいる奴と、数人で雑談してる人らがいる。
 雑談といっても静かな声なので、この部屋は平穏を求める俺にとってはまさに天国だ。
 昼休みの間だけでいい、俺はここで安穏と暮らすんだ。
 だが、よくよく考えてみると俺は普段図書室に来ることなんてあまり無かった。
 普段本なんて読まない俺にはここは疎遠な場所だ。
「まぁ、やることもないしたまには本でも読んでみるか」
 そう考えて、俺は本棚を漁り始めた。しかし、俺にはどの本が面白いのかなんてさっぱり分からない。
 俺がオタオタしていると、一人の女子生徒が本棚を整理しているのが見える。
 どうやら図書委員みたいだ。
 図書委員なら面白ほんの1冊や2冊くらい知っているだろう。俺はそう思い立ちその女子生徒に声をかけた。

「ねぇ、あんた図書委員?」
 俺はその女子生徒に声をかけた。
 彼女が振り向くと黒くて長い髪が宙をまった。
「えぇ…」
「あのさ、俺何か本が読みたいんだけど何か面白い本を教えてもらえないかな」
 俺の言葉を聞くと女子生徒は顔を曇らせた。
「面白い本と言われても返答に困ります…」
「ん、どういうこと?」
「漠然過ぎます…」
「あぁ、なるほど」
 要するにどういうジャンルがいいかって言うことだろう。
 ここは……



1,恋愛小説が読みたいな
2,夏といえばホラーだよね
3.官能小説以外に何がある!?
4,僕と一緒に保健体育を学びませんか?