今日は部活もないし、ちょっと駅前を冷やかして帰ろう。

 CD屋で新盤を買い、さて本屋でも覗こうかとアーケード街をてくてく歩いていると、不意に声がかかった。
「あ、高橋君」
 声の主は古風な茶屋の軒先の長椅子に腰掛けていた。部活動の先輩である桜井センパイである。
 にこにこ笑って手招きしていた。その周りを部の後輩の女の子が数名取り囲んでいる。
 彼女は部内でも人望厚く、いつもこのように輪の中心にいる。
 「高橋先輩こんにちわ」と挨拶する後輩たちに適当に愛想を振りまきつつ、俺は桜井センパイのそばへ行く。
「買い物? もう済んだの?」
「あとマンガ買って、ついでに参考書とかも」
「ふうん……」
 桜井センパイはなにか味のある表情を浮かべ、
「ね、お腹空いてない? ちょっと一緒に食べない?」
「いいですよ」
 俺がそう答えると、彼女はにぱっと笑った。
「そう? じゃホラここ座って。けいちゃん席詰めてあげて。 高橋君甘いもの好き?
 ……そう、じゃあしょっぱいものでいい? すいませーん! 磯辺焼きくださーい! あ、お茶どうぞ」
「いや、そんな気を使わなくてもいいです」
 桜井センパイは妙に甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。確かに彼女は面倒見のいいほうだが、これはちょっと過剰だ。
「そんな訳にはいかないわよ。今日の高橋君、お大尽だもの」
「……は?」

 oh die GIN?
 想定にまったくない単語が飛び出してきたので面食らう。
「あの……意味が分からないんですが」
「ここのお勘定、よろしく」
 俺は反射的にその場にある皿を数え、頭の中でチーンって予想金額を算出した。
 慢性金欠病に罹患している俺としては、ちょっと血を吐く数値だ。
「冗談ですよね?」
「私が冗談を言うよーな人間に見える?」
「見えな……いや、見えます」
「みんな、高橋君にお礼は? せーのっ」
「勝手に進めないでください。てか、唱和とかマジ勘弁してください!」
 俺の悲痛な叫びは、あどけない後輩どもの『ごちそうさまでーす!』というハーモニーに掻き消された。

「ごめんね、迷惑かけて」
 桜井センパイは手元の水羊羹をつつきながら言う。
「注文してから財布持ってないのに気がついてさ。定期は学生証に入れてるから気がつかなかったよ」
「俺が通りかからなかったら、どうする気だったんですか?」
「んー? まあ、多分なんとかしてたよ。窮すれば道通ず、ってね。
 でも、高橋君が通りかかってくれて良かった。素直に嬉しいと思うよ」
 そんな風に言われては非難することもできず、俺は黙って茶をすすった。
「やだ、大丈夫だよ。明日、ちゃんと返すから」



1,いや、ここは奢りますよ。
2,はい、そうしてください。