「いや、ここは奢りますよ」
 俺がそう言うと、桜井センパイは笑って手を振った。
「ダメだよ、そんなの。気持ちだけ貰っておくから」
「いいんです。奢らせてください。いつもセンパイにはお世話になってるから、そのお礼です」
 彼女は少し困った顔で微笑んでいる。
 先輩としての威厳とか遠慮とかもあるんだろうな、と考え直した俺は妥協案を申し出た。
「じゃあ、せめて割り勘で」
 桜井センパイは少し考え、そしてこっくりと頷いた。
「はい。……ありがとう」
「いいんですよ。でも、いきなり言われたからびっくりしましたけどね」
「あはは、悪ノリがすぎたかな。──あ、磯辺焼き来たよ。はーい、それこっちでーす!
 ──はい、高橋君、あーん」

またもや突然の事に思いっきり慌ててしまった。
「うわわわ、いいです、大丈夫ですっ!」
「あー、照れてるんでしょ?w」
照れないわけないだろうが!
しかし流石はスーパーアクター直樹様、ここは冷静に対処する。
「でも後輩とかみんな見てるし…。」
「…みんな食べるのに夢中ですけど?w」
くっ…!
冷静に、冷静に…。
「なんていうかアレじゃないですか、ほらぁ、ユーザーの皆様が指咥えて見てますし…」
「んもぅ、照れちゃって。カアイーんだから♪」
…先輩、人をからかう時はホントに顔が生き生きしてるな。
何がそんなに楽しいんだ、畜生。
「……自分で食べますって。」

――俺が呟くと先輩が一変して寂しそうにしている。
いつもは感じなかった大人の雰囲気に戸惑ってしまう。
気付くと先輩の手が俺の手に重なっていた。
え、何?何コレ?
俺が混乱していると先輩が今にも泣きそうな瞳で俺を見つめる。
「………ねぇ…」
先輩の艶っぽい唇から言葉が漏れる。
「……え?…」
俺が口を細く開いたその時、
口の中に何かが入った。
(……しまった…!)
磯辺餅だった。
とたんに先輩が満面の笑みを浮かべる。
「一本っ!そこまでっ!」
食べているフリをしていた後輩達は腹を押さえて笑っている。
なんてザマだ。
スーパーアクター失格じゃないか。
俺は呆然としつつも上の空で会計を済ませ足早に店を出た。