季節は、冬。
雪が降っていた。

周りは歓喜の声で溢れている。皆、恐らくは人生初の受験で成功したのだ。喜びも一入だろう。
そんな中、俺は何度も古びた掲示板に張り出された合格者一覧と受験票を見直していた。
俺――大野舜の番号「555」は、ない。
――終わった……
「帰るか……」
俺の誰に対して、というわけでもない小さな呟きは、喧騒に掻き消された。

――少し、寒いな
天気予報も見ずに飛び出したもんだから、学ランに薄いコート一枚という格好だ。
白い息を吐き出しながら、俺はぼんやりと空を見上げる。
何も、こんなときに振らなくてもな。
これじゃ余計に気分が沈む。かといって雲一つない快晴でもそれはそれで頭にきそうだが。
そんなことを考えていると、突然後頭部に衝撃を受けた。
「痛っ!?」
じんじんと痛む頭を撫でながら振り返ると、そこには腰に手をあて、ふんぞり返っている女が居た。
「……普通に話しかけられないのか、お前は」
「元気ないじゃない。その様子だと――」
「人の話を聞け。――ものの見事に落ちたよ。窪塚ばりにな」
「そりゃ、残念ね」
俺の抱腹絶倒必至のギャグも華麗にスルーするこの生意気な女。
小高晶子(おだか あきこ)。こいつとは小学校入学からの付き合いだ。それ以来9年間、同じクラスになり続けている。腐れ縁ってやつだろう。
こいつの性格を一言で言い表すと、バイオレンス&アクション。
映画のジャンルみたいだが、実際そうなんだからしょうがない。黙ってりゃそこそこ可愛いのにな……

そういや、こいつも今日は別の高校の合格発表日だったっけか。
「お前は受かったのか?」
「そりゃ、滑り止めだもん。受かって当然」
「そっか。おめでとう」
「ありがと。……今日は覇気がないわね、ホントに」
「志望校落ちてはしゃいでる奴がいたらお目にかかりたいね」
アメリカ人のようなオーバーアクションで、やれやれ、といった感じの反応をしながら皮肉めいたことを言う。
「もう…何か飲む? 不合格祝いにおごってあげる」
「んなもん祝うな」
「ま、いいじゃない」
何がだ。
「じゃ、コーヒー」
しっかり釣られている自分が悲しい。
「はいはい」
ガコン。
「どうぞ」
「サンキュ」
「どういたしまして」
それから少しの、間。
缶のプルタブを開ける、くしゅ、という音が妙に大きく感じた。
「……ねぇ」
「ん?」
聞き返しながらコーヒーを口に含む。
「どうするの? これから」

「どうするもこうするも……滑り止めはもう受かってるし、そこに行くさ。少し遠いけどな」
「ふーん」
またしても、間。しばらくは無言で歩き続けていたが
「あのさ、シュン」
先に口を開いたのは、またしても晶子の方だった。
「公立、受験しなよ」
「んー」
「あんた、頭悪いわけじゃないだから」
「志望校は落ちたけどな」
「それは、それ」
俺は晶子の、置いといて、のジェスチャーが妙におかしくて笑ってしまった。
「何よ」
「いや、何でも」
俺は空き缶専用のゴミ箱を見つけると、オーバースローの要領で空になった缶を投げた。
カコン。
「ストライーク」
缶が入ったのを見ると晶子が芝居がかった声で言う。
――……まあ
「そうだなぁ…」
「ん? 何か言った?」
「別にぃ」

それも、悪くない。





「よ」
「遅い」
先に来ていた晶子はジト目で俺を見る。
「5分は誤差の範囲っしょ?」
大体日本人は時間に縛られすぎなんだ。もっと時間に関して寛容になるべきだと思う。電車が2,3分遅れたところで気にしやしないんだから。
「何言ってんのよ、こんな大事な日に」
「合格発表は逃げたりしないって」
そう、今日はこいつの勧めで一緒に受けた高校の合格発表の日。
まさか落ちてるわけはないよな……とか思いつつも結構不安だ。
「そういう問題じゃないの」
「はいはい。んじゃ行くぞ」
「ちょっ、待ちなさいよ」
「うお、わかったから襟を掴むな」
口だけでわかるっちゅうに。毎度毎度アクションを起こさないと気が済まないようだ。
「で、何だよ」
「はい、これ」
「……で、何だよ、これは」
説明もなしに手渡されたのは、エラく不恰好なマスコットだった。
「お手製のお守り?」
「何故に疑問系ですか」
「なんとなく」
「っていうかこういうのは試験日とかに渡すもんじゃないか?」
「いいから黙って受け取りなさいよ」
「あいよ。……んじゃ、行くか」
「行くか」
「真似せんでいい」
「はいはい」

受験番号を張り出してるとはいえ、流石に校門からじゃ見えやしない。書類を持って携帯で報告をしている奴、何も持たずにうなだれて俺たちとは逆方向に進む奴などの間を縫って、何とか掲示板の前に辿り着いた。
「えーと、44番と……ついでに45番は……っと」
40、42、43……44、45。
「「あった!」」
同時に発見したらしく、晶子と声が被り、お互い顔を見合わせた。
「やったじゃん、シュン!」
「お前も」
「ま、実力よ」
「お守りが効いたかな」
「どうもどうも」
「そういや」
「ん?」
「お礼言ってなかった」
「お礼って?」
受験票と一緒に握っていたさっきのマスコットをぶらぶらと揺らす。
「これ、お守り。ありがとな」
バイオレンスだけど、いい奴だよな、こいつって。
「お返しはケーキでいいわよ」
前言撤回。

「ほら、いつまでもここにいちゃ迷惑だし、さっさと書類貰って帰るわよ」
「了解」
再び人と人の間を縫うように進み、群衆を抜ける。
人の壁を抜けきった瞬間に、日の光が目に入り、空を仰いだ。
――良い天気だ。
そんなに不安じゃないとか思っていたが、今更そんなことに気づくぐらい、実は不安だったのかもしれない。
――ま、とにかく……
「シュン、何やってんの! こっち!」
「わかってるよ!」
――受かったんだな。
俺がぴっかぴかの一年生になる頃には、春。
一年の始まりの、春。
出会いの春。
俺の高校生活は、どんな青い春になるのだろうか――
「シュン!」
「わかってるって!」
ま、悪いもんにはならなさそうだ。



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