放課後−

度重なる遅刻によりとうとう担任に呼び出された俺はこってりと絞られ、
大いなる災厄に打ちひしがれた身体をひきずって教室に戻ってきた。
そして自分の机から鞄を取ろうとした時、後ろから声が掛けられた。
「あ、高橋君丁度良かった。手伝ってもらえませんか?」
声の主は久野だった。
しかしどうも嫌な予感がする。
本人に悪気はないのだろうが、久野に関わると大抵ロクな目に合わない。
助けを求めようと周囲を見回してみるが、タイミングの悪いことに誰もいない。
「どうしたんですか?キョロキョロして」
「あー、いや。なんでも」
名指しで頼まれては断るわけにもいかず、付き合うことにした。

着いた場所は資料室。
「明日の1時限目の世界史で使う教材を教室に運んでおいてくれって、真田先生に頼まれたんです」
「あー、真田先生かあ・・・」
ちなみに真田先生とはまだ50代なのに口癖のように
「俺が子供の頃は米軍のB-29が毎日のように爆弾を落としていったもんだ」
などと言っている。
まだ生まれてねえだろ。
っつうか本当に世界史の教師なのか?
しかもカブトムシマニア。
「私1人じゃ持ちきれないんで、少し持ってもらえます?」
久野はそう言って、机の上にある資料の山を俺によこしてきた。
なるほど結構な量だ。
いや、結構どころじゃない。かなりの量。
いくらなんでも持たせすぎだろうと、文句の一つでも垂れようとして彼女を見てみると、
久野は俺以上の資料の山を抱えてる。俺の完敗だった。
「それじゃ、行きましょ・・・う・・・か・・・」
さすがに資料が多すぎて久野の足取りはなんだかおぼつかない。
それに視界も悪そうだ。
「おい久野、そんなにいっぺんに抱えてると転・・・」
言い終わる前に久野はドアのレールにつまづいた。
散らばる資料がスローモーションのように舞い

そして転んだ。

「あぶっっっ!!」
珍妙な悲鳴を上げる久野。
抱えた資料はそこらじゅうに散らばってしまった。
「あーあーあー」
俺は抱えていた資料を一旦机に置くと、散らばった資料を拾い集めはじめた。
「あっ!」
鼻を押さえていた久野がそれに気付き、慌てて拾いはじめる。
「いいんですいいんです!私が拾いますから!高橋君は先に行っててください!」
「いや別に2人で拾った方が早いだろ?」
俺は構わず拾い続ける。
「いいんです私が散らかしたんだし、構わず行ってください!」
「いいって、気にするなよ」
ひょいひょいと拾い上げてる途中で、偶然俺の手が久野の手と重なった。
「!!」
途端に物凄い勢いで手を引っ込める久野。
「?」
随分とオーバーアクションだ。
散らばった資料を一通り集めた俺は、
そのうちの半分を机に置いてあった俺の分の資料に重ね、まとめて持ち上げた。
「あ」
「こっちの方がいいんじゃないか?また転んだりしたら面倒増えるし」
俺は軽く笑ってみせた。
内心は相当重くて顔が引きつってないかとヒヤヒヤだったが、
どうもコイツは変なところで意地を張るし。

後は特に何事もなく教室まで持ってこれた。
教卓の脇に資料を積み重ねておく。
「ありがとう。助かりました」
「おう、これぐらいならお安い御用だ。面白いものも見れたしな」
笑いながら返事をすると、久野の顔がみるみる赤くなっていく。
「もう!知りません!」
真っ赤になった久野がぷんぷんと帰って行った。
他に誰も教室にいないことだし、俺も帰ろう。

 とりあえず、ホラーの山を全部持って変えるのは無理と判断して机の中とロッカーに分けて入れておくことにした。
 今俺が持っている鞄の中には2冊しか本は入っていない。
 下駄箱で靴を履き替えて校舎の外に出ると、西の空が夕陽でオレンジ色に染まる時刻だった。
 ふと校門の所を見るとさっきまで見ていた後ろ姿が歩いているのが見えた。あれは――久野だ。
「おーい、久野ー!」
「高橋君」
 俺の声に反応した久野が振り向いて立ち止まる。
「俺より随分先に教室を出たはずなのに、なんでまだいるんだ?」
「あ、真田先生に作業が終わったことの報告をしに行った後、少し話をしてたんですよ」
「ふーん、そっか。まぁ、これも何かの縁だから一緒に帰らないか?」
「ええ、いいですよ」
 横に並んで二人で歩き始める。
「しかし、久野さぁ」
 俺は何と無く疑問に思ったことを久野に聞いてみる。
「はい?」
「なんであんないつも色々仕事を言いつけられたりしてるのに嫌がったりしないんだ?」
 本当だった。
 久野は俺が見ている限りだけでもいつも教師に何かちょっとした仕事や雑用を押し付けられたりしているように見える。
 それを久野はいつも黙々とこなしている。嫌な顔ひとつせずに。
「だって、委員長ですから」
「たったそれだけの理由で――」
「委員長ですから」

 にこやかに久野は言った。
 本当に嫌になるような何かを久野は感じていないようだった。
「それならいいか。」
「はい?何ですか?」
「いや、こっちの話。ま、そうならいいよ。ただ、手伝って欲しい時は今日みたいに素直に言ったらいいんじゃないか。久野
は変なトコで変に意地張ったりするからな」
 俺は少し笑いながら言った。 
「な、なんですかそれはっ!私は変に意地なんか張ったりしてませんっ!」
「や、張ってるって。時々」
「張ってませんーー!」
「まぁ、やっぱ本人は気付かないからな、こういうの」
 うんうんと頷きながら俺が言うと、久野が反撃に出た。
「高橋君に言われたくないですっ!高橋くんなんて今学期だけで20回も遅刻してるじゃないですか!」
 しまったやぶへびだ。慌てて方向を修正しようとしたが、もう遅い。
「大体高橋君は今学期だけでもう20回も遅刻をしているんですよ!?他の学期も合わせたりしたら一体もう何回遅刻してるかわかってるんですか!貴方は日本人として時間を守るという行為をちゃんとですね…」
 それから耳を覆いたくなるような久野の説教が壊れたテープレコーダーのようにエンドレスで続いた。
 いや、耳を塞ごうとは思ったけどそしたら「高橋君!ちゃんと聞いてるんですかっ!?」ってでかい声で言ってくるし。
 久野、道行く皆様の視線を独り占めしてるぞ。もちろん悪い意味で。

 横からとめどなく飛来する説教を神妙に聞いているフリをしながら歩いていると、俺の家が見えてきた――っておい。
 久野の家はどこなんだ?
「おい、久野、家どこなんだよ?」
「そもそも高橋君はですね……ってはい?」
 どうやら説教はまだ続いていたらしい。
「いや、久野の家はどこ、って」
「あ、ここの先をもうちょっと行ったとこですよ。高橋君の家はここなんですか…意外に近いんですね」
「ああ。まぁ、おつかれさま。じゃ、また明日」
「はい、さようなら」
 久野は俺に背を向けて歩き出した。背中を見送ってから玄関の門に手をかけた。
「たかはしくーん!」
 顔を上げると久野が遠くから手をメガホンのようにして口のとこにあててこっちを向いていた。
「明日は遅刻しちゃ駄目ですよー!」
「ああ、わかってるよー!」
 俺も同じようにして返事を返し、手を振った。久野も手を振り返していた。
 後姿が完全に見えなくなってから俺は家に入った。

「ただいまー」
「おかえりー」
 リビングの方に向かうとエプロンを付けた麻奈が何やら切っていた。
「もうちょっとで料理出来上がるから着替えたら手伝ってね」
「おう」
すぐに俺は部屋に向かい制服を脱ぎ捨て、ラフな格好に着替える。
 既に料理の良い臭いがこちらにも到達してきた。
 今日は期待できそうだな、と思いながらまたリビングへ。
「お兄ちゃん、お皿並べてー」
「ああ」
「お兄ちゃん、スプーン出してー」
 麻奈は俺に指示を出しながら、自分もテキパキと更に料理を入れたり、ご飯をついだりする。
 やがて整った食卓が整った。晩餐はホワイトシチューだった。
「いただきまーす」
「いただきまーす」
 声が綺麗に揃い、一口食べる。
「むっ、これは…」
「どう?どう?美味しいでしょー?」
 確かに旨い、がこのまま誉めるのはなんかしゃくだ。
「この食器はなんだ!女将を呼べ!」
「…はぁ?」
 頭大丈夫?みたいな目で見られる。…しまった。思い切り滑った。
「い、いや、まぁ、旨いよ。うん」
「ほんと?なら良かった」
 メインのおかずが旨かったことにより、食卓上の会話も華が咲き、気が付けばシチューは無くなっていた。
 二人揃って「ごちそうさまでした」と言って食事を終えた後、風呂を沸かす用意をして、テレビを見てればいつの間にかもう遅い時間だった。

 風呂から上がって俺の部屋に入る。
 ふと目覚まし時計が目に入る。久野が言ってた言葉を思い出した。
 せめて明日ぐらいは遅刻しないようにしなきゃな。
 電灯を消して、布団に入る。
 明日が良い日になりますように。



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