「はぁ・・・すっかり夜じゃねーか」
やっと家に着いた頃には辺りはもう薄暗くなってきていた。
今日は何故かとにかく一日が目まぐるしかった。早く帰って一息つきたい。
「・・・ん?麻奈もいねーのか?」
家まで僅か残したところでどの部屋にも明かりが灯っていないことに気付いた。
それに麻奈一人とはいえあまりにも静か過ぎる。
「あいつも夜遊びするようになったのか・・・」
妙な寂しさを覚えつつ家の鍵を探す。
その時、家の中から ごとん! という何かを落っことしたような音が聞こえてきた。
「!?」
少し吃驚して鍵を取り落としそうになる。
まさか・・・泥棒?
「取るもん無いじゃんよ」
母は割と小さい時に亡くなり、父親も長く家を離れている今、この家には本当に盗む物など無い。
「下調べしてくりゃいいのに」
念の為、本当に念の為、足音を忍ばせつつドアを開ける。
麻奈が倒れていた。
「・・・え?」
予想外の事態にえらく間抜けな声を上げてしまう。
麻奈は壁にもたれるように座り込んだまま動かない。
パジャマの背中は透けそうなほど汗びっしょりで、荒い呼吸を示すように大きく上下していた。
何か只事ではない様子を感じ、近寄って肩を軽くゆする。
「麻奈?・・・おい麻奈?」
少し間を置いて麻奈がゆっくりこちらを振り向く。
「ぁ・・・おに・・・ちゃ・・・」
目が虚ろだ。熱でもあるのだろうか?朝はそんな素振りは全く無かったのに。
「ちょwwwwお前、熱でもあるのか?」
「ぁー・・・だいじょうぶー・・・」
ちっとも大丈夫そうじゃない。
ともかくこんなところで倒れこんでたら具合が悪くなるばかりだろう。
「麻奈、立てるか?部屋で寝た方がいいぞ?な?」
「ぅー・・・ぁぃゃー・・・」
ダメだ。会話が成立しない。
仕方が無い、とにかくまずは場所移動だ。
俺は麻奈を抱きかかえてと階段を上った。
少しは目が覚めてきたのか麻奈がこっちを見た。
「へへー・・・おにーちゃんお姫様抱っこ―・・・」
「馬鹿」
やっぱりまだ寝ぼけてるみたいだ。
やたら軽いこいつの体といい、妙に意識してしまいそうになり、少し急いで妹の部屋のベッドまで連れて行く。
布団をかぶせるまで妹はさっぱり身動きを取らなかった。
余程力が入らないということだろうか。これは軽い重病なんじゃないか?
「軽い重病ってなんだかなぁ・・・ひとまず風邪薬どこだっけなー・・・」
・・・というワケで、今は病人に決めるべきコンボを決めている真っ最中である。
まず初めに、氷嚢を使う。
そのあと、体温を測る(38.7度もありやがった)
そして、おかゆをつくった。
「まぁお前が作るモンに比べたら出来は悪いけどなー」
と言いつつ差し出すと、
「おにいちゃん食べさせて―・・・」
とネジの外れた要望。
「お前本当に熱あるんだなー・・・まぁいいや、ホレ」
普段なら笑顔でおにぎりを丸ごと1個口に突っ込んでやるところだが、流石に今やったら本当に旅立ちそうだ。
大人しく要望にしたがって口までおかゆを運んでいってやる。
「あちっ・・・ハフハフ・・・あひゅい(あつい)」
「お前いきなり食いつくなよ・・・ご飯粒ついてるし」
口の横にくっ付いていたご飯粒を取ってやる。ひょいパク。我ながら今回はそれなりの出来だ。
「・・・ぁぃゃー・・・」
「ん?」
さっきより麻奈の顔が赤くなっている気がする。それに固まった動かない。
とりあえず次のひとくち分をレンゲで掬って口まで運んでやる。
「ぅ?・・・ぁ・・・ぱく・・・ハフハフハフ・・・あひゅい」
「お前頭悪いぞ・・・」
再び口内を襲う灼熱に悶えつつ何とか飲み下す麻奈。
「しぬるー・・・でもお兄ちゃんがいつもの1000倍増しで優しいからここで死ぬわけにはー・・・」
「俺は元気な時の妹以外には誰にでも優しいぞ」
「なんだそれぇ・・・馬鹿兄ー・・・」
「だから今のうちにせいぜい享受しておくがいいさ。はっはっは。」
「じゃあ享受するからもうひとくち・・・」
「はいはい・・・ホレ」
「んー・・・ふー、ふー、パク・・・あひゅい」
「何やってんだかなぁ・・・」
とりあえず少しは薬が効いてきたのか顔色は大分良くなった気がする。
「じゃあ、何かあったら呼べよ。」
と言って部屋を出ようとした
・・・ら、服の袖口を掴まれて引き戻された。
「っ・・・おいおい」
「・・・」
麻奈はこちらを見ていないが、袖口を放そうともしない。
これは所謂、傍にいてとかいう流れだろうか。随分メルヘンチックな展開だな、と苦笑してしまう。
まぁ、麻奈も具合が悪そうだし、病人の言う事は聞いてやらないとな。
俺は麻奈の机の椅子を引っ張り寄せてベッドの横に座った。
「・・・ねぇ、おにいちゃん」
麻奈がぼんやりと口を開く。
「ん?」
ゆっくりとこちらを見てくる麻奈。
「お兄ちゃんは・・・」
「うん」
なんだか言いにくそうにしている。
「仮に、仮にね・・・」
少しの間。
「妹が、人間じゃない怪物だったとしたら、どうする?」
「・・・ぶはははっ」
いきなり素っ頓狂な質問をされて思わず吹き出してしまった
「風邪を引いてぐったりしたり袖口引っ張る怪物ははじめて見たな」
「あっ!・・・ちょっと!もしもの話なんだから真面目に答えてよー・・・」
麻奈は熱で赤みがかった顔をさらに赤くして怒っている。
「まぁそうだなぁ・・・」
少し考えながら続ける。
「もしさ・・・エイリアンとかで麻奈を乗っ取ったり化けたりっていう怪物なら仇は取ってやるよ。
でも元々麻奈が怪物だったっていう話なら特に変わりなく暮らしてそうだな。うはは。」
「ぁ・・・・・・」
「でもお前が生まれた時から怪物なら俺もその仲間って事にな・・・」
ぎゅぅっ、と麻奈が袖口を引いていた。
麻奈はこっちを見ていた。
半泣きの顔で。
「あのね?・・・おにいちゃん・・・わたしね・・・」
吸い込まれそうな瞳。
黒い瞳。視界が段々とその黒に覆われて暗くなる。
「わたし・・・」
袖口を抑えられていて動けない。
いや、そのぐらいなら動けるだろ。
動きたくない?
ずきり、と人差し指が痛む。前に包丁でつけてしまった切り傷。
麻奈の顔が近づいてくる。
っていうかさっきからなんだよこれ。
「おにいちゃんの・・・」
おれの?
鼻先が触れる。指先が痛い。治ったはずの指先。
そして、くちびるがふれ
「だめっ・・・っっっ!」
パチッ!と静電気がはじけるような感覚のあと、気付けば麻奈は寝付いていて、袖口を引っ張る力も抜けていた。
「う・・・あれ・・・?」
俺はぐったりと椅子にもたれかかり、麻奈は安らかな寝息をたてている。
「夢・・・?」
なんだか性質の悪い夢だった気がする。それに全身汗でびっしょりだった。
「俺も・・・寝よう・・・」
麻奈は帰ってきたときよりは随分と楽になったようだし、俺まで体を壊したらそれこそお笑いだ。
俺は椅子を戻すと、麻奈の部屋を後にして自分の部屋に戻っていった。
「ごめ・・・んね・・・おに・・・ちゃ・・・」
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