「……少し学校ん中でも歩くかな」
 高ぶった気分を落ち着かせるには、静かな場所にいるのが一番良い。
 誰もいない校内は絶好の場所だ。まぁ少しだけ不気味な感じはするけど…。

「あーもうこりゃダメかもわからんね」
 怖い。正直、夜の学校がこんなに怖いとは思いもしなかった。
 俺が歩くたびに響く足音。窓から差し込む月光。電気も点いてないし、怖さ倍増だ。
 気分を落ち着かせるどころじゃないや……早く帰ろ…。
「……! あれ、電気点いてる」
 早く帰ろうと足を速めて階段を下りると、とある教室に電気が点いていた。
 こんな時間に……もう下校時間はとっくに過ぎてるってのに、まだ誰かいるのか?
「ここ、図書室じゃん」
 暗くてわからなかったが、近くに行くとプレートに『図書室』と書いてある。
 少し不気味ではあるけど、中をこっそりと覗く。誰かいるのか? いるなら返事してくれー…。
「……ってあの人、たしか昨日会った…!」
 そこで俺は、図書館のカウンターでうつ伏して寝ている青木さんを見つけたのだった。

「青木さん、青木さん」
「ん〜……眠いよぉ…」
 こんな時間に、しかもこんな場所に一人で寝てるなんて。
 ちなみに彼女が寝てる横には山積みされた本本本。しかもすべてホラーみたいだ。
 それも聞いたことないような題名ばっかり…。
「あ……そういや、借りた本ぜんぜん読んでなかった」
 昨日、青木さんからたくさん本借りたな……家の机に置きっぱなしだ。
 あんなに本があると、逆に読む気をなくしちゃうんだよな。
「ん……あれ…? 高橋くん…?」
「あ、起きた? もう外は真っ暗だよ」
 ずいぶんと寝ぼけてるみたいだ。目は半開きだし、今にもまた眠り込んでしまいそうだな。
「あれー……なんで高橋くんが…? ああそうかー、本返しにきたんだねえ」
 ……またなんとも眠そうな声。
 まるで小中学生の子供が出すような無邪気な声みたいだ。
 その声に俺は少し安心感を覚えた。さっきまで感じてた怖さが嘘みたいに消えていく。
「早くしないと七時回っちゃうって。ほら起きた起きた」
「あ〜ん、もうちょっとだけ〜……あと五分〜」
 なんだか子供みたいだなぁ…。見かけや身長も、まるで中学生みたいだ。
 ふと、妹の麻奈とダブって見えないこともないような…。
「荷物は俺が持つから。さっさとしないと警備員が見回りにきちゃうよ」
 半ば無理やり青木さんを起こして、図書室を出た。電気を消して鍵をかける。
 この仕事は図書委員がやるはずなんだろうけど、なぜか俺がやってる。
 でも寝ぼけてる青木さんにやらせるよりかは何倍もマシかな・・・?

「送ってこうか?」
 まだ七時とはいえ、あたりはもう真っ暗になっていた。
 電灯の明かりがあるといえど、さすがに女の子一人で帰せないよな、男として。
「ううん、大丈夫。あたしの家、ここから近いから」
「近くても一人は危ないよ。送ってくよ」
「ん、じゃあお言葉に甘えようかな」
 青木さんの家は、本当に近かった。
 歩いてほんの数分。これだけ家が近いとギリギリまで寝られるんだろうなー。
 しかもそれだけ寝ても遅刻をしない。なんて素晴らしい環境なんだ!
「あたしが貸した本、読んでる?」
 もっぱら彼女の話題は本について。しかもホラーだ。
 彼女いわく「有名じゃない作品から名作を見つけることに意味がある」らしい。
 そして本の話題が続いて、俺が借りた本の話題になった。
「んと……まぁ、それなりに…ね」
「そっかぁ! じゃあ全部読んだら感想聞かせてね!」
 わかった、と返事はしておいたものの…。あれだけの量を読むとなると気が滅入るな…。
 話しながら歩いていくと、すぐに彼女の家に着いた。けっこう大きな家だな、俺ん家よりデカイ。
「送ってくれてありがとね。今度図書館に遊びに来てよ?」
「うん、わかった。借りた本もその時返すよ」
 普段、とういほど彼女のことを知っているわけじゃないけど、ホラーの話になるとかなり明るくなる。
 それが青木さんの性格みたいだ。見た目は大人しそうな感じなんだけどな。
 そんなことを考えながら帰途につく。もう七時は過ぎてるだろうなぁ…。
 はぁ、麻奈にはなんて言い訳をしようか…。

「・・・」
「おかえり」
「・・・」
「ただいまはー!?」
「た、ただいま・・・」
先手を打たれた。
襲撃場所は玄関。
敵はエプロンで武装しつつ正座して待ち伏せしていた。

「・・・」
機先を制されて次の言葉が全く浮かばない。
「ご飯が冷めてしまいました。」
「はい・・・」
「折角温かった白米くん達が泣いています。」
「はい・・・」
「謝れ―!!米に謝れ!農家の方に謝れ!!私に謝れー!!!」
まずい。何も手を打てないまま噴火を許してしまった。
「いや、話せば長い理由があってだな・・・」
「そんな長い話は聞きません!」
「悪かったってば」
「この悪魔め!血は何色だー!?」
止まりそうに無い。

「仕方ない・・・」
「仕方なくない!」
なおも吹き荒れるマナタイフーンを無視して、おもむろにがしっと両肩を掴む。
「アトムみたいなかみが・・・たっ!?」
「・・・」
とりあえず、会話の隙、確保。
「・・・ずっと言えなかったんだけど、俺・・・」
「は・・・はひ・・・」
予想以上だ。効き過ぎじゃないのか?
「お前の・・・」
「私の・・・?」
ヤバい。ノリノリすぎてちょっと緊張する。
「・・・腹が鳴っていることに気付いた。」
きゅるるるるー。
絶妙のタイミングだ。
「・・・っ!」
真っ赤に怒っていた麻奈の顔がさらに真っ赤になる。
そう、さっきから麻奈が怒鳴る度にキュルキュルと可愛い音がしているのを俺は聴き逃していなかった。
きゅるるー。うん、可愛い音だ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「じゃあさっさと飯食おうぜ」
「・・・お嫁にいけない・・・」
がっくりとへこたれる妹を後に俺はさっさと居間に向かった。

テーブルについても麻奈はブチブチと愚痴りつづけている。
「女の子に言うことじゃないよー。お兄ちゃんの馬鹿馬鹿ー。鬼畜米英ー。馬に蹴られて泣け叫べそして死ねー。」
「っていうか先に食ってりゃ言われなかったろうが。」
「ぅー・・・それは・・・」
「わざわざ待つこともないだろ。」
「だって・・・えと、か、家族は食事を一緒にとるものなの!」
「だからっておなか鳴らしながらってのもな。」
「もう言わないでぇー・・・ほんとにお嫁にいけない―。」
「まぁ、お嫁に行けなかったら美味い飯がずっと食えるから俺はいいんだけどな。」
「・・・」
ん?
「ん?どしたよ。」
「あ・・・ふ、ふつつつかものですが・・・」
「いや、否定しろよ。それに“つ”が1個多いし。」
「あ、うん、それじゃあ、お、お風呂入ってくる。」
「何がじゃあかわからんけど了解。あがったら教えてくれよ。」
麻奈は聞こえているのかいないのかボーっとした顔つきで風呂場の方に歩いていった。
「何か変なテンションだったなー・・・」
麻奈を見送ったあとそう呟く。アイツは最近ノリがおかしくなることがある。
とりあえず冷めても美味い料理の腕は変わっていない(というか上昇傾向にある)し、まぁいいか。



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