ついにここを離れる日が来た。
たった1ヶ月――、たった1ヶ月。
恐ろしいほどに色々なことがあった。
旅館の前に以前俺を拉致したバスが止めてあった。
(この1ヶ月間、まったく見掛けなかった)祐樹の話ではこのバスで帰るらしい。
辺りを見回す。
出発の時間は伝えてあったが、なつきはいない。
引越しの準備で忙しいのだろうか?
バスのエンジンが動き出す音がした。
それでも俺は乗らずに待っていた。
まだ、来ない
「おい直樹、そろそろ出発するぞ」
祐樹がいつまで立ってもバスに乗らない俺を不信気な表情で見た。
「ああ、判った」
そろそろ限界か――
バスのタラップに脚をかけた。
「直樹ーー!」
!
声のした方に首をねじ曲げる。
いた!
「直樹ーーーーー!」
自転車に乗ったなつきがこちらに向かっていた。
手を振る。目が合った。
なつきの顔に笑顔が浮かぶ。
自転車を止めて、なつきがこっちに来た。
「良かった。もう、間に合わないかと、思っちゃった」
息も絶え絶えでなつきが言う。
相当急いできたようだ。
俺は内心、飛び上がりたいほど嬉しかった。
「大丈夫か?」
「大丈夫、だよ。ちょっと、直樹に忘れ物」
「忘れ物?」
俺の家の住所とかは教えた……よな。
何かあったかな?
「うん、忘れ物」
なつきは右手を差し出した。
「…どういうこと?」
「ほら、直樹も右手だして」
言われるままに右手を上げる。
上げた右手の小指になつきの右手の小指が絡んだ。
これは――
「約束。きっとまた会えて、また会えたら、もうずっと一緒にいるって」
そうゆうことか。
「ああ、約束だ」
お互い声を揃えて契約の呪文を唱える。
「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼん、のーます……」
「ゆびきった」
繋がれていた小指同士が離される。
なつきは嬉しそうに微笑んだ。
俺もきっとそうだろう。
また会える。
うん、きっとまた会える。
バスのタラップに足をかけた。
「またな」
「またね」
車内に入った直後にドアが閉まる。
バスの後方に向けて走る。
なつきが見えた
バスが動き出した。
手を振った。
なつきが俺を見て手を振った。
見えなくなるまで手を振った。
見えなくなって、座席に座った。
俺は思った。
夏は終わったのだ――、と