上原や翔子に絡まれる前にさっさと教室脱出しよう。
 俺はできる限り隣の席にいる上原に怪しまれぬ様に息を潜めて席を立つ。
 どうやら上原は近くの席にいる女子と話しているようだ。
 翔子は何故か今日は見当たらないし。もしかすると今日はラッキーデイなのかもしれない。
 そんなことを思いながら俺は廊下に出た。
「さて、何処に行くかな」
 考えるまでも無かった。
 図書室。あそこはこの学校で最も穏やかな空気が流れている教室の一つだ。
 その上あそこには青木さんがいる。それだけで俺は図書室へ足を向ける気になった。

 ガラガラガラ
 図書室のドアを開けて中に入る。
 相変わらずこの部屋は静かだ。それだけで俺の心は安らいだ。
 朝は遅刻で久野に説教をされて、授業中は上原に睨まれて、授業の合間の休み時間には翔子と上原の2人に絡まれる。
 上原が転校してきてからこの僅か数日の間に俺の精神はボロボロになりかけていた。
「ここは…天国だぁ」
 俺はそんなことを一人呟き、にやけていた。
「さて、青木さんは何処かな」
 辺りをキョロキョロと見回す。

 するとすぐにこの間と同じように本棚の整理をしている彼女の姿が目に入った。
「いつも本棚の整理してるの?」
 俺は何気なく声をかけた。
「えぇ…」
「やっぱり図書委員の仕事?」
「違います」
「じゃあ何でやってるの?」
「…私、本を整理するのが好きだから」
 わざわざ昼休みの時間を使ってまでやっているのだから本当に好きなのだろう。
 随分変わった趣味なんだな、と思いつつも相手が青木さんだと妙に納得してしまう。
「整理されて並べられた本て…見ていて凄く楽しくて。高橋くんはどう?」
「ん、俺?」
 俺は慣れない質問をされて少し戸惑った。
「んー、そうだな。俺も散らかってる本棚よりも綺麗な本棚の方が好きだな」
 俺がそう言うと青木はにこりと微笑んだ。
「俺も手伝おうか?」
 青木の顔を正視できなくて、俺は目線を逸らしながら言った。
「え…?」
 少し驚いたかのような顔をする青木さん。
「いいです、悪いですから」

「いや、別に悪いなんてことは無いよ。俺、どうせやる事ないし」
 俺がそう言うと、彼女はまた嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ、ありがたく頼むね」
 そう言う彼女に俺は赤面してしまって、再び視線を合わせなくなってしまう。
「んで、何をすればいいの?」
 俺はできるだけそれを悟られないように言った。
「あの受付の机の裏に返却された本があるから…それを本棚に並び替えて。
並べる場所は本の背表紙のシールに書いてあるから」
「OK、まかせろ」
 そう言うと俺は足早に本を取りに行き、本棚の整理を始めた。

 その後10分ほどで本の整理を終えると、俺は青木さんにB級ホラー講座の授業を受けた。
 彼女のホラー好きは結構キテる。
 今日は「悪霊の盆踊り」とか言う、名前だけでちょっとアレだと思う作品の魅力を延々と俺に語ってきた。
 その上、話ている時の彼女の顔は本当に何かに取り付かれてるんじゃないかと思うほど真剣なのだ。
 おかげで下手な事を言う事も出来ない。
 青木さんといると和むのだが、これだけはどうにかならないものだろうか…
 そんなことを考えている内に、図書室に昼休み終了の鐘が鳴り響いた。
「ん、昼休み終わりか」
 青木は俺の言葉に壁の時計を見上げた。
「もう少し喋りたかったのに…」
 そう言いながら彼女は残念そうな顔をする。
 俺はそんな青木の反応を見て何だかとても嬉しくなった。
 内容はどうあれ、一緒にいて欲しいと思ってもらえたんだから。
 それでも時間なのだから仕方が無い。お互い、図書室を出ようとドアに向かって歩き出す。
「高橋君」
 ふとドアの前で立ち止まると、青木さんは立ち止まった。
「出来れば…また図書室に来てね」
「うん。また来るよ」
 俺はそう返事をすると図書室の前で青木さんとわかれた。

しかし、普段やかましい女性とばかり面を合わせて疲れている俺としては青木さんのような癒しの存在が必要なのだ。うん。
B級ホラーを語らせるとやたらと饒舌だが…
とまあ、そんなことを考えながら教室へ向う。
「あんたどこ行ってたのよ?」
教室に入るなりつっかかってくる上原。
「図書室だ。」
「図書室ぅ〜?あんたが?本読むような趣味があった?
 ああ、青木さん目当てか。あんたああいうおとなしい子が好みなんだ?
 あたしもおしとやかにしようかな?」
「やめろ。似合わん。」
「なんだって?この馬鹿!」
殴りかかってくる翔子。かわす俺。
「聞きましたか?智也さん。仁さん。」
「聞きましたよ、裕樹さん。」
「聞いた聞いた。直樹は図書委員の青木さんにご執心か。」
と野郎3人組。全否定できないのが悔しい。

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

「何やってんの!あなたたちさっさと着席しなさい!」
久野に注意される。
ああ、数分前の静かな図書室が懐かしい。

その後の授業間の休憩時間もこいつらにちょっかいやら暴力やら注意やらを受けて、本日の全授業を受け終えた。
さて部活にでも行こうか…



1:直接部室へ行く
2:図書室に寄ってみる