ずきり。
さらに余計なことに昨日見た夢まで思い出した。
「あ!そういえば麻奈お前、熱は大丈夫なのかよ!?」
「え・・・う、うん」
なんでこんな事を忘れてるんだ俺は。
「お前昨日倒れてるんだぞ?ゆっくりしてなきゃ駄目だろ。」
「お兄ちゃんとご飯作らなきゃだったし・・・」
「俺が当番だろうが。・・・じゃなくて、お前それどころじゃなかったんだぞ」
「うん・・・でもほら、もう治ったから・・・」
「バカ。治りかけが一番怖いんだ。っていうかお前学校行く気だったのかよ。」
「いいの。大丈夫だから・・・でも・・・」
「お前なぁ・・・でもなんだよ?」
「治ったけど、我慢は出来なかったよ・・・」

「え・・・」
ずきん!と指先に強烈な痛みが走る。
「〜〜〜っ・・・!」
あまりの痛みに少し朦朧としてしまう。
少しぼやけた視界の中で麻奈の瞳だけがやけに鮮明に映る。
「だから・・・ね?」
そうだ。そうだったな。
俺はゆっくりと人差し指を麻奈の口元までもっていく。
「ごめんね、おにいちゃん・・・」
俺には麻奈が謝る理由がわからい。
ただ、人形のように麻奈に指を差し出して動かなかった。
「ん・・・ちゅっ」
麻奈が俺の人差し指を口に含む。
同時に少しちくりと痛みが走り治っていた切り傷が再び開く感覚があった。
「ん・・・んく・・・っちゅぅ・・・ぴちゅっ・・・ちゅ・・・ん・・・」
麻奈が喉を動かすたびに全身が脈打ち、血液という血液が人差し指に集まる感覚を味わう。
ちゅるちゅると吸い付かれるたび背筋を電気が駆け巡る。
「おにいひゃんの・・・おいしいよぅ・・・んんっ・・・ちゅぶっ・・・」
まるで指先が性器になったかのように、麻奈の唇から、舌から、痺れそうな刺激を受ける。
血が指の血管を抜けるたびに射精のような快感。
あまりの感覚に立っていられなくなりそうになる。が、実際には俺は微動だにしていない。
「・・・ぷは・・・」
麻奈が名残惜しそうに指先から口を離した。
同じく俺も名残惜しく糸を引く唾液を見つめている。
「はぁ・・・ごめんね・・・ごめんね、おにいちゃん・・・」
俺は麻奈が目に涙を浮かべて謝る理由もわからず、慰める言葉も考えられないまま眠りに落ちていった。

「お兄ちゃん、朝だよー。ご飯当番だよー。」
「ぉぉぅ・・・」
「おにーちゃーん!?」
「ぉぉぉぅ・・・」
そうだ、今日は俺が朝食当番だったっけ。もういい時間になっちまってるけど。
「・・・とうっ!」
特撮変身ヒーローばりの掛け声と共に起き上がる。
が、そこまで気合を入れても睡魔は中々退散してくれず、ボーっとした頭で一階への階段を下りる。
今日はなんだか一段と眠気が取れない。風邪でもひいたみたいに頭がぼやけている。
「おにいちゃん遅いよー。もうほとんど作っちゃったよ。」
一階に下りると制服にエプロンを着けた麻奈が台所でテキパキと動いている。
両親がいなくなった当初は一日交代の当番制だったのだが、最近は俺が当番の日も麻奈が手伝うことが多い。
というよりは最近は俺の方が手伝っているようなもので、台所を麻奈に占領されるのもそう遠くないだろう。
ただ、前にそれをいったら随分頑なに拒まれたっけ。
確かに毎日朝早くから起きて料理っていうのも相当負担だろうし、俺も精進しないとなぁ。
そんなことを考えながら生姜焼きの玉葱を切っていく。
「ねぇ!おにいちゃんボーっとしてちゃダメだよ!」
「んあ?・・・あ、ああ。」
っと。やっぱりまだ寝惚けているみたいだ。
なんだろう。今日は本当に頭が重い。
「……なぁ麻奈」
「なに、お兄ちゃん?」
なんだか聞いておかなきゃいけない事がたくさんあったような気がする。
けれども頭がぼやけて思い出せず、素っ頓狂な事が口に出た。
「玉葱って、切ると涙が出るのはなんでだろうな?」
俺は手に持っている玉葱を見ながらそう言った。
何を言ってるんだ俺は。というかなんでこんなに頭が重いんだろうか。

「ん〜、それは…」
麻奈は随分真剣に考えている。

「えーと、それは・・・」
あれ?
「の気持ちが・・・」
こうじゃないんじゃなかったか?
「・・・ないかなー。」
今朝は何か・・・違わないか?

「おにいちゃん、聞いてる?」
「ん?・・・あ、ああ。」
「あー!ひどいなー。自分から振ってきたくせにー。」
「ぁー・・・ごめんごめん。」
今日はなんだか本当に頭が回らない。
バカでも風邪をひくんだなぁ・・・。
その後もひどくボーっとしていた俺は結局台所を追い出された。
「まずいなぁ・・・」
昨日悪い物でも食べた覚えも夜更かしした覚えは無い。
上手く考えがまとまらず、結局ボーっとした顔のまま登校する羽目になった。
教室についてもまだぼんやりした感じが取れない。
「こりゃー・・・本格的に麻奈にうつされたかな・・・」
などとひとりごちていると、
「麻奈ちゃんがアンタに何かうつしたら何倍もマシになるものしか思い浮かばないなー」
滝川だ。
「お前失礼な奴だなー。」
「ワタクシ客観的事実だけを述べております。」
「なんだよそれはよー・・・」
反撃しようにもやっぱり頭がぼやけて頭が回らない。
「ってホントに具合悪そうだねぇ。大丈夫かー?」
「だから麻奈に風邪をうつされたんだって・・・」
「なんだ。それを先に言ってくれなきゃさー。」
突っ込みを入れる元気も無い。
「ま、まぁその・・・麻奈ちゃん困らせちゃダメだよ?」
「いきなりどういう理屈なんだ。」
「だからー・・・お大事にってこと!」
ばしーんと肩を叩いて勝手に話を終わらせた滝川は自分の席に戻っていった。
「やれやれ・・・」
今回ばかりは本当にやれやれだった。
正直な所、人と話していても頭が回らないとなるとかなり億劫なものがある。
滝川もその辺は気を使ってくれたようで早目に切り上げてくれたのは助かった。
というか、誰かと話すだけでこれじゃあ、授業を受ける時が思いやられるな・・・。

<大人しく早退する>
教師に早退する旨を告げると、予想以上にすんなりと許可が下りた。
どうやら本当に俺の顔色は良くないらしい。
とりあえず帰り支度をして教室を出る。
授業の始まった校舎内はおそろしく静かだった。
「あらー、高橋君はお帰りですか?」
誰もいない廊下でいきなり声をかけられて全身が硬直する。
「ふふ、すごい驚き方ねぇ」
「さ、桜井先輩・・・驚かさないでくださいよー。つか授業どうしたんですか」
「これから出るところよー」
重役出勤とは。流石京都への修学旅行で自由行動時間の間中、大阪の各所を観光していた人は違う。
しかもこれで成績は校内でトップクラスなのだから恐れ入る。

「それで、高橋君はどうしたの?」
「いや・・・ちょっと妹に風邪をうつされたみたいで。」
「あらあら、大変なのねー。でも麻奈ちゃんはピンピンしてた気がするわよ?」
「話せば長い事情がありまして・・・」
あれ?でもそういや事情ってなんだっけ?
うーん・・・やっぱり早退して正解だなー。
「実は麻奈ちゃんとぁゃιぃ関係とか?」
「ぶっ!!!!1111」
「あ、もしかして当たり?」
「カスリもしてません!」
突然何を言い出すのかこのお方は。
・・・ん?関係?なんだかひっかかった。
「・・・」
「実は図星?」
「いやいやいや。・・・すいません、今日は本当にボーっとしちゃってて。」
「んー、本当に具合が悪そうね。引き止めちゃって、ごめんね。」
「いえ、とんでもないです。それじゃあ帰ります。」
「じゃあお大事にねー。麻奈ちゃんによろしく―。また明日ー。」
「はい、ありがとうございます。また明日。」
ひとまず校舎を後にする。

「それにしても桜井先輩、何時の間に麻奈と知り合ってたんだろ?」
・・・今考えてもまともな解答に辿り着けなさそうだ。
俺は登校の時か、それ以上にボーっとした顔で家に帰っていった。
鍵を開けて家に入るとすぐに、俺は体をベッドに預けた。
そして同時に襲ってくる倦怠感と疲労感。
「はー、こりゃ本格的にやばいな・・・」
思わず声に出してしまう。
(ったく、風邪引いてるのに疲れる奴ばっか会ったからな・・・)
滝川に、桜井先輩に・・・。
ふと、どちらも言っていた共通の名前を思いだす。
 「麻奈ちゃん困らせちゃダメだよ?」
 「実は麻奈ちゃんとぁゃιぃ関係とか?」
(別に麻奈を困らせてないし、ぁゃιぃ関係でもないっての)
麻奈との関係・・・ふと、そう思った瞬間に今朝の出来事が脳裏をよぎる。
(今朝は・・・何が違ったんだ?)
もちろん、今朝は今朝だ。いつも通り麻奈と会話をして、学校に行っただけのはずだ。
それだけのはずなのに、明らかに何かがおかしい。

そもそも、何故自分は今朝の出来事がおかしいと考えているのだろうか?
「痛っ・・・・・・」
その思考を遮るかのように、指先が突然痛み出した。
包丁で切って、すでに治ったはずの指先。
・・・・・・・・・指・・・先?
「う・・・・・・くっ・・・・・・・・・」
追い討ちをかけるかのような頭痛。
(まずは風邪を治すか・・・話はそれからだ)
釈然としないものを頭にかかえながらも、俺は体を休めることにした。

「・・・・・・ちゃん・・・お兄ちゃん・・・」
「ん・・・んぁ・・・」
麻奈に呼ばれて目を覚ます。
「・・・お兄ちゃん、大丈夫? 帰ったら先に帰ってて、しかも寝てたからびっくりしたけど・・・」
「あぁ、とりあえずは大丈夫だ。ちょっと体調悪くなったから、早退して寝てた」
「もう、ちゃんと寝てないとダメだよ?」
「起こしたのはどこの誰かな〜?」
「ぅ・・・とにかくちゃんと寝てるんだよ?」
そう言って、麻奈は逃げるように部屋を出て行こうとする。
「あ、そうだ麻奈・・・・・・」
「ん、なぁに? お兄ちゃん?」



1.今朝について聞く
2.聞かない