朝、起きる。一日の始まりというものは朝から始まると誰が決めたか、始まりというのならば日が変わる深夜の0時が正しいのではないか。
理性ではそう思うものの、朝こそがやっぱり始まりだと思える。元々、人間というものは夜よりも昼の方が行動しやすいように出来ているのだ。
だけれど、人間の順応性は凄まじい。転地が逆になっても3日でその状況になれる事が出来るらしい。また、肉体的な順応も目を見張るものがある。例として有名なものでは狼少女の話がある。
狼に育てられたその少女は、暗い場所でも獣と同じように夜目が効き、そのか細い喉からは遠吠えが放たれ、四足で素早く移動する事が出来たと言う。
他の動物ではどうだろう? 人間と同じように他の動物に紛れ込む事が出来るか、その答えを出すのは難しいが、恐らくはノーだろう。人間のように他の動物になり切れる生物は中々居ないだろうと思う。
確かにカラスは人間の言葉を喋る事が出来る。確かに猿は自動販売機で飲み物を買う事が出来る。だけれど、それでは不完全だ。
人間も完璧にその動物にはなりきれない。何故ならまた、人間は生まれながらにして不完全な生き物だから。人間は人間に、なりきって生きているのだから。
「遅い」
バタンと朝っぱらから盛大な音を立てた部屋の扉と見慣れた顔を見て、気付いた。
あぁ、寝惚けて変な事を考えていたな、と。
僕の寝惚け方はおかしい。友達である長谷部にはそう指摘された。目の焦点合ってねぇで小難しい事をぶつぶつぶつぶつ呟いてんだ、色んな意味ですっげぇ怖ぇ。と何だか物凄く酷い事を言ってのける長谷部は配慮という言葉を覚えれば良いのだと思う。全く怖いなどとは心外だ。
そう言えば、長谷部には色々と注意されているような気がする。自分は行儀良くなんて無い癖に、すぐにお前行儀悪ぃぞとか言ってくる。無性に悔しい。
「ねぇ」
隣で声がした、緩慢な動作で顔を向ける。見慣れた顔、毎日と言って良い程の頻度で目にする顔。毎日、崩れない日々というものを投影してしまったのかもしれない、その顔を、声を、雰囲気を感じると不安になってしまうほどに落ち着く。
何故不安になるのか、それは独占欲に似た感情によるものかもしれない。失うのが恐ろしい、この安心感を失いたくない、そんな不可能な感情が湧き上がる。
「なに?」
「電柱ぶつかる」
ぶつかった。痛かった。横を見ながら歩いていたため頬を強かに打った。
今まで電柱という存在を甘く見ていたのかもしれない。どうせぶつかっても顔をぶつけるとは思わなかった。せいぜい全身に衝撃が突き抜けるくらいだと思っていた。無性に悔しい。これからは認識を改めよう、電柱は危険だ。
「もう少し早く教えて欲しかった」
「朝起きなかった」
最もな抗議は分かりやすい理由により撃墜された。何と言うか、それならもっと露骨に怒るなり何なりして欲しいのだけれど、常に無表情なその顔は何時も通り。
「月見」
「もう少し許さない事にしている」
名前を呼ぶとズバリと切り捨てられた。ツクミ、秋に産まれたから。そんな単純な理由で付けられた名前、僕の妹を表す名前。
しかし、一緒に住んでいるからか家族とは思えるのだが、どうも妹とは思えない。月見の方が大人っぽいのだ、どっちかと言うと姉と思えるかもしれない。1つ違いという近い年齢もそう意識する原因の一つにあるかもしれない。
そんな事を考えていると、電柱にぶつかった。月見に白い目で見られた。今度は額が痛かった。